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INTERVIEW|$till.J.Cark:創作と現在地

時間の蓄積の中で自然と生まれた楽曲たち。その背景には、日常だけでなく、都市の風景や海外での体験、そしてクラブカルチャーとの接点がある。$till.J.Carkが語る現在地。具体的なエピソードとともに紐解いていく。

――音楽性はどのようにまとまっていったのでしょうか。

$till.J.Cark:音楽を始めたのが結構遅めで、21歳の時。2018年からですかね。最初は「カーキ」って名前で、地元長野でずっとラップしてて。

その時はBoom Bapでした。Boom Bapの中にLo-fi要素があるのもあれば、今と一緒かも。がっちり系もあれば歌う系もある、みたいな感じですね。

直近のEPで特に気に入っているのは「few minutes」の2バース目ですかね。

RAPSTARに応募してボツったのを消化しようって曲。

ワンバースとツーバースでアプローチの差が激しくて、成長を感じます。

半年前は「なんでこれで受かんねえんだよ」って思ってたけど、今思うと「それは受かんねえわ」。今の方がやべえ。

最近は「売れたい」だけがゴールじゃなくなって、売れて次、次、って感じです。貧乏だったから、貧乏なやつ減らしたい。

努力できるやつが上がるべきだけど、努力できる環境は平等にしたい。

スタジオ無償とか、そういうのが俺が死んでも残る。そんなことを日々考えています。

――東京という場所も影響していますか。

$till.J.Cark:かなりあると思います。例えば早朝の東京って、人も少ないし、光も柔らかくて、全然違う顔を見せるじゃないですか。

その一方で、夜は全く違うエネルギーがあって。そういう両極端な空気が、そのまま曲の構造に出ている気がします。

――海外での経験についても教えてください。

$till.J.Cark:アメリカに行った時の影響は大きかったですね。きっかけでいうと、四大卒業して新卒で地元のベンチャーっぽい建築会社に入って、リフォーム営業を一年半やってたんです。

普通にスーツ着て仕事して、13時間拘束とか当たり前で。あまり楽しくなくて、結構絶望してましたね。でも休みの日は遊んだりしてて、なんとかやってる感じでした。

でもある日たまたま定時ぐらいに帰れて、家に帰るのもなぁと思って古着屋の先輩の家に行ったら、そこにロサンゼルスから帰ってきてた人がいて。

その人がケンボウさんという人で、ロサンゼルスの寿司屋のマネージャーの人なんです。

俺、海外は絶対行きたいって漠然と30歳にはアメリカ行こうと思ってたから話を聞いてて、「アメリカ行きたいんですよ」って言ったら、コロナで人を削ってたけど明けて人要るから働く?ってその場で言ってくれて。

でもビビるじゃないですか?サラリーマンやってるし。

「行くとしてもお金ないな」って。貯金一円もなかったし。

そしたら先輩が家に住まわせてくれることを言ってくれて。しかも家賃もいらないって。

働ける場所と住める場所が決まった。

でも、学生ビザを取るために学費の金がいる。俺ない。

そしたら古着屋の先輩が「利子なしで貸す」って。さらに残高証明が必要で口座に300万必要なんだけど、そこにいた大家さん(不動産やってて、俺が働いてた会社のOB)が「300万出してあげる」って。

全部揃ったわけ。

「お前宝くじ当たったぞ。今晩行くか行かないか今日決めろ。行かないならお前ずっと行かない」って言われて。

その日に親友に電話して「俺ロス行くわ。俺が日和ったら言ってくれ」って覚悟決めて、「よろしくお願いします」って。次の日に市役所行ってパスポート取りました(笑)

そこから半年ぐらいで仕事辞めるとかあって、実際ロサンゼルス行けたのが2021年ですね。

アメリカを経験して、殻が破れたというか、好きなものを好きって言える、嫌いなものを嫌いって言えるようになりました。

海外行くの、マジででかい。

ただ、日本をヘイトして「アメリカはこう、日本は古い」とか言うの、俺カッコいいと思えなくて。ネガティブだし聞きたくない。

俺はそれだけにはなりたくないって思っていました。拠点日本で、ちょくちょく海外出れるのが正解だと思えました。

ー今の日本のシーンで思うことはありますか?

$till.J.Cark:家族感がありますね。やばいやつをフックアップしようって言うけど、「やばいやつと仲いいやつ」の方が評価されやすい印象。

ラップだけ頑張ってても難しいのかなと思います。飲みに行くとか繋がり作るとか、音楽以外のパワーが必要すぎる気がします。

さまざまなメディアも実力で最終選ぶと思うけど、映る人は仲良ければ出れちゃったり、ビジュアルも大事だったり。

でも俺はド直球に行きたいです。ラップで売りたい。

――SHOW ME THE MONEY12出演に至って、感じたことはありますか?

$till.J.Cark:韓国のラッパーは全体的にスキルが高く、人数を集めてもレベルの高さを感じました。一方で、技術的に優れている反面、「うまいだけ」と感じることもあり、アイドル文化の影響から音としての完成度が重視されている印象がありました。

それに対して日本のラッパーは、キャラクター性や生活に根ざしたリリックが特徴的で、よりリアルさを感じられる点に魅力があると思います。

――楽曲制作におけるアプローチについて教えてください。

$till.J.Cark:ジャンルにはあまり縛られないですね。その時に興味があるものを取り入れていく感じです。

クラブミュージックの影響もありますし、日常の中で感じるものもあるし、それが混ざっていくのが自然だと思っています。

――変化を感じる部分はありますか。

$till.J.Cark:昔はもっと「こうしなきゃ」という意識が強かった気がします。でも今は、もう少し自然に任せるようになりました。

音楽で生きていくということに対して、自分の中で納得感が出てきたのも大きいと思います。

――主催イベントであるGOOD MORNING TOKYOについても教えてください]

$till.J.Cark:最初は3人で始めて、今は自分とRAFBOY、Roy’s clubの4人体制でやっています。実質的なブレインはRAFBOYですね。彼とはアメリカに行く前に親友の紹介で出会って、最初は軽く話すくらいの関係でした。

パーティーとして一番大事にしているポリシーは「肩書きを脱ぎたい」ということです。東京って、社交の場ですらチャンスを掴む場所みたいになっていて、純粋に楽しめる場が減っていると感じていて。自分自身もそれが嫌でクラブに行かなくなった時期がありました。

だから、誰が有名とかおしゃれとかはどうでもよくて、ちゃんと遊べるかどうかを大事にしたい。そのためにお酒もフリーにして、お金がない人でも来られるようにしています。

トゥクトゥクでDJミックスを流しているのも、「他のイベントがやらないことをやろう」「セオリーから外れよう」という発想からで、知り合いが持っていたトゥクトゥクを借りて、「渋谷走ったらおもしろそうじゃない?」っていう流れで始まりました。

今後については、基本はDJ中心でやっていきたいと思っています。コラボはありつつも、軸はDJです。ラッパーに比べてDJは出る場や登竜門が少ないというのも理由の一つです。

あとは、お客さんの満足度も大事にしたくて、ライブが続くとトイレに行けなかったりお酒を買えなかったりするのが嫌で。なのでライブは多くても2アーティストくらいにして、あくまで社交の場として機能するイベントにしていきたいと思っています。

――影響を受けたアーティストはいますか?

$till.J.Cark:最初に「ラップかっけー」と思ったのはG-DRAGONで、単なる早口ラップではなく動き方や表現全体に惹かれたし、高い声の使い方も新鮮でした。あとChris Brownの存在も大きかったです。

実際にプレイヤー側になってからは、ライブでいうとJin Doggさんがパーフェクトだと感じていて、自分をラフにデリバリーしながら「個性がない人はいない」という空気を自然に出しているところに影響を受けています。音楽的にはA$AP RockyやDenzel Curryが最近特に好きで、ファッション面でも影響を受けています。

人のライブを見て「この人のライブ行きてえ」と思うことはあまりなくて、むしろ見ていると自分が立ちたくなってモヤっとするタイプだった。ただ唯一、Travis ScottとKanye Westのベルーナドームでのライブを見たときは初めて「やばい、泣きそう」と感じるほど衝撃を受けたのをよく覚えています。

――今後についてはどう考えていますか。

$till.J.Cark:あまり明確な目標はなくて。その時その時で面白いと思えることをやっていけたらいいなと思っています。

――大切にしていることは何ですか。

$till.J.Cark:「身軽でいること」ですね。

環境や人との出会いによって変わっていける余白を持っていたい。大きな成功というよりは、自分の中で納得しながら続けていけることを大切にしたいです。

都市の朝と夜、そして海外での体験を特別なものとしてではなく、あくまで地続きの日常として捉える$till.J.Carkの視点。その身軽さと自然体のまま、彼の音楽はこれからも更新されていくだろう。