2026年、台北のアンダーグラウンド・ヒップホップは、これまでにない熱を放っている。
近ごろ公開された新たなサイファー映像が、国境を越えて大きな反響を呼んでいる。香港やマカオの才能も含む、注目の7人がマイクを回すこのビジュアルに映っているのは、きらびやかな観光都市としての台北ではない。剥き出しで、飢えていて、最前線のサウンドと共鳴する「リアルな台北」だ。
CHE、osamason、slayrといったグローバルなアヴァンギャルド・サウンドと呼応しつつ、台北のアンダーグラウンドは独自の進化を遂げている。WEEAVEは本企画のディレクター(本人も香港出身)にインタビューを実施。映像の舞台裏から、彼らが闘う「見えない敵」、そして日本に向けた強い想いまで、余すことなく語ってもらった。

台北を中心に交差する、多国籍な才能の合流点
このラインナップに込めた意図は?
JJ:2026年の台北アンダーグラウンド・ヒップホップを、そのままの熱量と多彩さで描きたくて、意図的に幅のあるラインナップにしました。面白いのは、香港のLobo SlashemallとマカオのSevenmindの2人が、台北のローカル出身ではないこと。(僕自身も香港出身です。)それでも、この街のアンダーグラウンドの中で自然に繋がっていった。
台北のアンダーグラウンドは閉じた場所じゃない。アジア各地から才能を引き寄せる磁場みたいなものがある。ローカルの荒さとグローバルな影響が混ざり合って、多面体みたいな音になる。海外からも「CHEっぽい」「osamasonっぽい」「slayrっぽい」みたいなコメントが多くて、まさにそれを見せたかった。台北には、世界の最先端と同じ波長で鳴っている、飢えた活気のあるアンダーグラウンドがある。このサイファーは、その宣言だ。「ここにいる。ここから強く出ていく」って。
偶然から生まれた、映画のようなストーリーライン
ラッパーの順番が物語のような展開になっていました。構成はどう決めたんですか?
JJ: ぶっちゃけ最初は、公平にしたくて、くじ引きのサイトで完全ランダムに決めました(笑)。でも並びを見た瞬間に、導入→盛り上がり→ひねり→締め、みたいな“映画っぽい”流れが作れそうで、少しだけ手を入れてストーリーとして成立させました。
- 導入:最初にPHIL COZYを置きました。滑らかでメロディアスなフロウと、英語中心のバースで海外の人も入りやすい。冒頭から「台北は世界基準で鳴れる」と示せる、シルキーな入口です。
- 盛り上がり:続いてYUNG ANDYPISTOLとLOBO SLASHEMALLで一気に温度を上げる。Andyのパンチの効いたアグレッシブなトラップ感と、Loboの香港ストリートの荒さがぶつかって、飢えが露出していく。
- ひねり:中盤のBABYGRAPEが大きな“ツイスト”です。独特のビートに対する実験的で揺れるアプローチで、空気を一度ひっくり返す。予測不能な新しい風が入って、サイファーがその場で進化している感じになる。
- クライマックス&着地:最後はSEVENMIND、LIL RICK BABY、BBで多彩さとカタルシスを作る。Sevenmindがシネマティックな奥行きとムードを足して、Lil Rick Babyが高速のテクニカルな荒々しさと凄まじい言葉遊びでスキルを叩きつける。BBが跳ねるようなカリスマ性で締める。
出発点はランダムだったけど、エネルギーの種類がぶつかり合いながらも一つの波としてまとまっていく、台北アンダーグラウンドの多層性を表現できたと思います。
締切が生む魔法と、オンラインで成立した化学反応
ビートとの噛み合いが抜群でした。制作期間はどれくらい?

JJ:正直、準備期間はめちゃくちゃ短くて、トータル2週間くらい。リハもゼロでした。完全リモートで、全員がバースをオンラインでメインプロデューサーの@scvrlet.piに送り、Andyはゲストプロデューサーの1jowisen、Babygrapeは2ukkoも入って制作しました。つまり、ここで聴こえる“相性”は、ファイルのやり取りと締切直前の調整で生まれたものです。
一番驚いたのは前半のYUNG ANDYPISTOL。最初から何パターンか送ってくれて、どれも良かったんだけど、「あと一押し足りない」感覚があった。でも締切当日に「no1. Type of chigga」っていうヤバいバージョンが届いた。エネルギー、反復の強さ、「Ima one type of chigga / #1 type of chigga」の押し切り方、アグレッシブな出し方……Phil Cozyの滑らかな導入の直後に爆発させる“ピース”として完璧でした。「どこから出てきた?」って震えたくらい。豪華なスタジオセッションじゃない。飢えと、直前のひらめきだけで起きることがある。その締切の魔法が、アンダーグラウンドの強さだと思う。
追随じゃない。形にする「台北の音」
2026年の「台北アンダーグラウンドの音」を一言で表すなら?

JJ:一つの箱に収まらない「ハイブリッド」ですね。オーセンティックなブーンバップのスピリットやストリートの荒さへのリスペクトと、実験的なレイジ、トラップ、プラグの影響が混ざっている。
懐古でも、未来だけでもない。ぐちゃぐちゃで、感情的で、カオスで、生々しい。scvrlet.piの暗くノイズ混じりのビート、Babygrapeのサイケデリックなひねり、Lil Rick Babyの高速でテクニカルな荒々しさ。さらに、北京語と英語のネットスラングをバースの途中で切り替える感覚が、スピード感のある多文化なストリートをそのまま映している。
香港出身の自分にとって、「台北のフレーバー」が何かは今も掴んでいる途中です。でも、このサイファーで絶対に守って前に押し出したかったのは、中国語(北京語)を軸にすること。ヒップホップはグローバルに届かせるために英語に寄りがちだけど、中国語でも魂を落とさずに世界で戦えると証明したかった。トレンドの後追いじゃない。自分たちの味を混ぜる。ネオンの影、街のせわしなさ、圧縮された感情。世界の最前線と正面からぶつかりにいく準備はできてる。
ビジュアル面でも、台北のパブリックイメージと対照的な暗い質感が印象的でした。
JJ:そう。台北101とか、明るく磨かれた観光向けのイメージ、カラフルな市場みたいな“分かりやすい絵”は全部外しました。そういう表層的な美しさが、台湾の本当のアンダーグラウンド音楽を埋もれさせることが多いから。
代わりに、廃れた倉庫を借りて「影」と「荒さ」を強調した。メインストリームのスタイルの下に埋もれながらも、突き抜けようとする止められないエネルギーの象徴です。湿度のある赤いライティングは緊張感と親密さを作って、アーティストの存在だけに焦点を当てる。
さらにPart 2では赤と青のライティングに切り替えて、台湾の旗の色を意識的に反響させた。赤は情熱と飢え、青は深さと粘り強さ。暗い影の中に国の色が滲むコントラストは、静かな自己主張でもある。「台北のアンダーグラウンドは生き延びているだけじゃない。この街に根を下ろして、世界と向き合っている」って。
この若いラッパーたちが共有している「見えない敵」はありますか?
JJ:ある。「無視され、過小評価される」現実です。台湾のメインストリーム・メディアは本当のアンダーグラウンド・ヒップホップをほとんど取り上げない。海外のシーンはアジアを「追随者」と見がち。ローカルでもポップの陰に隠れる。「大したことない」「規模が小さい」って扱われることへの反発が、意識していてもしていなくても、いちばんの原動力になっている。
大きな予算も、メジャーレーベルもない。でも「自分たちにもできる」「台北の火を見せる」っていう飢えがある。特定の誰かや仕組みと闘っているわけじゃない。闘っているのは「沈黙」だ。そして今、その声は確実に大きくなっている。
日本へ。沈黙を破り、世界へ届くために
最後に、今後の展望を教えてください。
JJ:いま一番具体的な目標は、日本でライヴをすることです。
驚いたことに、このサイファーの視聴者の約50%は現時点で日本から来ています。コメント欄も「台湾やばい」「アジアで一番熱い」みたいな反応で溢れていて、この熱を無駄にしたくない。まずはこのラインナップ、もしくはメンバーの一部でも日本に連れて行って、ショーケースやライヴを実現したい。できるなら日本のアーティストともコラボしたいと思っています。

「僕たちは沈黙と闘っている。」ディレクターの言葉は、国境をまたいで活動するインディペンデントなアーティストたちの胸を確実に刺すだろう。用意された舞台に頼らず、自分たちで場所を切り開き、言語の壁すらフロウと情熱で越えていく。台北の地下から放たれた熱波が、日本のライヴハウスを揺らす日も遠くない。WEEAVEは彼らの次の動きを追い続ける。