
轟音のノイズギターと、初音ミクの透き通るような歌声が溶け合う「ミクゲイザー」。そのシーンにおいて独自の音世界を拡張し続けるnerdnekoが、新作EP『never mind』をリリースした。
本作のテーマは「遠い未来への祈り」。海外ツアーの中止や不安定な世界情勢など、彼自身が直面したネガティブな感情を背景に持ちながらも、そこから生み出された音像は決して悲観的なものではない。「気にしないで」という言葉の裏に込められた「自ら手放す強さ」と、ノイズの海を漂うような優しい祈り。
前作からさらに深化を遂げたサウンドプロダクションと、各楽曲に込められたパーソナルな真意について、nerdneko本人に話を訊いた。
――今作のテーマは「遠い未来への祈り」とのことですが、前回のインタビュー以降、どのような心境の変化やインスピレーションがあってこのテーマに行き着いたのでしょうか?

nerdneko:12月に予定していた中国巡演が中止になってしまったことや、世界情勢の不安定さ、身の回りで感じる理不尽なことなど、少しネガティブな要素に目がいってしまう時期があり、大枠として何か救いがある作品を作りたいと思ったことが発端です。
――タイトルの『never mind』には、「気にしないで」という言葉の裏に「自分の手で“手放す”強さ」という力強いメッセージが込められていると伺いました。この言葉をEPのタイトルに冠した理由をお聞かせください。
nerdneko:「気にしないで」と言って自分で抱えてしまう、無理をしてしまう強がりや諦観などに対して、自らが主体として選択、行動できる、ある種の「強さ」みたいなものを肯定したいと思ったからです。語感の良さ的な要素もあります。
――soyatuさんが手掛けたジャケットイラストも、本作の「感情の余白」を見事に表現しています。視覚的なイメージについて、制作時にどのようなすり合わせを行いましたか?
nerdneko:依頼時にはまだ構想段階で楽曲群が完成していなかったので、写真と人物の視覚的な要素からお願いをしました。ラフの時点でかなり解像度の高いものができており、寧ろメインビジュアルから音の雰囲気が形成された流れでした。soyatuさんのイラストにはいつも沢山インスピレーションをもらっています
――M1「utopia」: アルバムの幕開けを飾る楽曲ですが、ここから『never mind』の世界へリスナーを導くにあたり、どのような音像や景色をイメージして制作されましたか?
nerdneko:冷たく神聖な音像と遠い記憶のような景色を意識して作りました。ジャケ写の背景は廃墟遊園地で撮影したものなのですが、そこで得た”栄華と退廃”といったコントラストや“遠い未来”といったインスピレーションをそのまま音に落とし込んでいます。ディストピアで夢見るユートピア的な。初音ミクの語りには無機質さとは裏腹にどこか寂しさや神聖さを含んでいると思い、雰囲気を演出する導入SEのようなニュアンスで作りました。
――M2「never mind」: 表題曲として、轟くギターと初音ミクの祈るような歌声のコントラストが特に印象的です。この曲で一番こだわったポイントはどこでしょうか?
nerdneko:メロディとビートをこだわりました。特にドラムのフレーズや音作りは過去作の中でも1番作り込んだと思います。メロディは毎回力を入れていますが、テンションを多用したコードワークと滲むようなギターのシューゲイズサウンドに埋もれない力強さを意識しました。特にお気に入りの楽曲です。
――M3「unletting」: 「手放せない(unletting)」というタイトルが、EPの「手放す強さ」というテーマと美しい対比になっているように感じます。この曲のEP内での立ち位置を教えてください。
nerdneko:おっしゃる通りテーマ、タイトルとは対照的で矛盾を孕んだ楽曲にはなりますが、まさにその”葛藤”の部分で意味を持った曲になります。作品に人間らしさを込めるにあたってひとつ重要な構成要素となっています。
――M4「winter song」: EPの中盤にこの曲が配置されることで、少し空気が変わるような印象を受けます。この楽曲に込めた情景や感情についてお聞かせください。
nerdneko:この曲の配置は迷いましたが、前半が想定より少し暗めになっていたので、霧が晴れるような疾走感と冬の空気感を意図して置きました。私は雪国生まれなのですが、陽が落ちた後の雪の青さがとても綺麗で、冬の曲として表現したいものがやっとできたと思います。
――M5「ether」: 「ether(エーテル)」というタイトルからは、透き通った空気感や空間的な広がりが連想されます。サウンドメイクにおいて、特に意識したことはありますか?
nerdneko:透明感とノイズの両立を意識して作りました。後述しますが、如何に攻撃的でなく歪みを使うか、といったところは今回全体的な制作テーマとしており、この曲でも包み込むようなノイズの飽和感を意図してます。M1同様初音ミクの語りが入っていますが、また異なる印象にできあがったと思っています。
――M6「prayforyou」: 最後に「あなたへの祈り」で締めくくられる構成が素晴らしいです。この曲の最後の残響が終わった後、リスナーにどのような余韻を残したかったのでしょうか?
nerdneko:ありがとうございます。基本的に解釈は聴いてくれている人それぞれのものが正解だと思っていますが、この曲は純粋に優しい気持ちになれたらいいなと思います。これは今年1月にblue web.(yaginiwaとの音楽ユニット)で韓国ライブ遠征の機会があったのですが、そこで感じた感謝や祈りのような気持ちから広げて書いた曲です。音楽を通じて国境を越えて伝わるものがあることが嬉しくて、その感動と熱を込めて帰国後すぐ作りました。
――轟くギターのレイヤーと深い残響が本作の核になっていますが、機材の選定やミックスダウンにおいて、過去の作品からアップデートされた点や新たに挑戦したことはありますか?
nerdneko:大幅な機材アップデートは無いのですが、ギターサウンドに関しては今回初めて使うファズや空間系エフェクターを導入しています。“刃物を正しく使う”ではないですが、歪みを如何に攻撃的ではないように使うか、というところを今回意識した音作り、ミックスダウンを行ってみました。しばらく海外のバンドサウンドを熱中して聴いていたこともあり、結果的にサウンド面ではこれまでの作品とは少し異なる立ち位置のものができたと思います。
――分厚いシューゲイズサウンドの中で、初音ミクの声を埋もれさせず、かつ淡く浮かび上がらせるための調声(チューニング)のこだわりを教えてください。
nerdneko:優しめのミクボイスを選んだ点と、EQと空間系プラグインで馴染みを試行錯誤しました。声が細過ぎても埋もれてしまうので、主張し過ぎず、埋もれないバランス感を今回特に意識しています。歌詞を聴いてほしい、といったところは今作も変わらず根底にありますので、引き続き探りつつ各作品の正解を見つけていきたいです。次回はもう少しミニマムなトラック編成の中での調声に挑戦したいと思っています。
「歪みをいかに攻撃的ではないように使うか」というnerdnekoの言葉通り、『never mind』に広がるノイズはどこまでも深く、そして温かい。葛藤や理不尽な現実を飲み込みながらも、音楽という祈りを通じて「手放す強さ」を選択した彼のスタンスが、このEPには色濃く刻まれている。
国境を越えて熱を帯びるミクゲイザーシーンの中で、彼が次にどのような景色を見せてくれるのか。遠い未来へ向けられた優しい祈りの残響は、アルバムを聴き終えた後も、リスナーの心の中で長く鳴り響き続けるはずだ。